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エネルギー

 中学3年の夏休み、町内会の登山教室で安達太良山に登った。

 受験生がそんなことしている場合ではないはずなのに、申込者が少なくて困っていると聞かされた母は、私の都合などおかまいなしに、勝手に申し込んだのだった。

 小さい頃から野山を駆け回っていたわんぱく娘ではあったが、運動神経が発達しているとは言いがたく、体育の成績は、笑えるくらい悪かった。それが、登山。かなり無謀だったと思う。

 おぼろげではあるのだが、辛い記憶は残っていない。沼尻温泉から、現在は廃道になった沼の平を横切り尾根に出て、頂上を目指すコースだった。途中の朽ちかけた廃屋と源泉から湧き上がる湯気と硫黄の匂いだけは、強く印象に残っている。沼の平に入ったあたりで雷雨となり、頂上を諦めて石筵牧場へと下山した。轟く雷と強い雨にテンションがアップした。山の雷が恐ろしいものだと知る今は、あの行程でアクシデントがなかったのは、運が良かっただけだとわかる。

 私は、10年ほど前から山に登るようになった。そのきっかけは、安達太良山である。中三の時の記憶を確かめたくて、沼尻から辿ったのが始まりだった。思い出を引き寄せながらの山歩きは、とぎれとぎれの情景が貼り合わさって、中三の私と、今の私とが入り混じった視線で山を見ていた。中三の時は悪天候だったが、その時は、泣けるくらいの真っ青な晴天だった。相変わらず運動とは縁のない生活をしていたので、頂上まで行けるのかさえ危うかったのだが、無事登頂を果たした。だが、頂上に立った感動よりも、7時間以上も歩き続けた自分がとてつもなく頼もしかったのだ。

 あれから、毎年、必ず安達太良山には登っている。
 今年もだ。
 紅葉は終盤を迎えているが、落葉した落ち葉を踏みしめ、梢越しの開けた空を見上げるのがたまらなく好きだ。季節外れの台風は、なかなか雲を連れ去らなかったけど、やっと、やっと秋晴れ。おにぎり作って、あったかいお茶詰めて、残り物のケーキはおやつに。ちょいと心が痛むけど「臨時休業」の張り紙をして、いざ出発。

 足を運んでくださったお客様、わがままな店主で申し訳ございません。

 “真面目に仕事をしなさい”と遺言した亡き父は嘆くだろうけど、真面目に仕事するためのエネルギー充填なのでございます。

 あはは。

 今年は、あと何回登れるかなぁ。