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ぬくもり

 金時山登山では、富士山を拝めながったが、まぁ、仕方ない。

 早々に箱根を離れ、次の目的地西伊豆へと車を走らせた。

 海に近づくにつれ晴れ間が出て来た。風はちょっとあるが、だからこそ雲が切れて来たのだ。空の広がりが、山のそれとはまったく違う。

 この日の宿は、西伊豆きっての観光スポット堂ヶ島温泉である。堂ヶ島は、以前観光船に乗るために寄った事があり、その際見かけた宿に、泊まることにしたのだ。

 部屋から太平洋が望め、夕日が絶景らしい。

 箱根もそうだが、大きな観光地の観光ホテルには、まったく期待はしない。快適空間は約束されているだろうが、どこも大して変わらないと思っている。選ぶ基準は、ロケーションのみとなる。特に料理は、まったく期待していない。施設が大きくなればなるほど、期待値は低くなる。海辺であれば、海鮮が新鮮であれば、それでいい。程度だ。

 海岸線を少し寄り道しながら、予定時間に到着。

 宿の敷地に入ると、すぐに係の人が近寄り、予約名を告げると駐車位置へと促してくれた。荷物の整理をして建物に入ると、すぐにチェックインカウンター。

 まぁ、普通の観光ホテルだ。ただ、どの人も、自然な笑顔である。

 その昔、このような観光ホテルで働いていた事がある。こんな自然な笑顔対応する人は、そのホテルにはいなかった。皆、どこか、引きつった笑顔だったし、事実、作り笑顔だったことは私が一番わかっている。つまり、自分がそうだったのだ。

 案内された部屋は、眩しいほどの海が真っ正面に広り、昨日とは打って変わって暖かだった。気温も違うし、建物の構造も違うのだから当然である。決して新しい施設ではいが、隅々まで清掃され、清潔感が感じられた。

 お茶を飲んで一段落し、温泉へ浸かることにした。ここは掛け流しではない。大きなホテルにはありがちな、一般的な大浴場である。ただ、海が見渡せる。露天風呂に浸かりながら、傾いてゆく西日が映る海を眺めるのは極上だった。

 もう、それだけで十分だった。

 旅行中の食事は、時間の制約がある。自宅なら、お腹が空いたタイミングを選べるが、宿にお世話になる場合、ほとんどが決められた時間になる。しかも、通常より豪勢なメニューになるので、空腹状態で挑まなければならない。ある意味チャレンジである。

 その日は、登山をしたが、ガッツリは食べていない。おやつも控えていた。夕食の時間を決めるときも、冗談まじりにすでに腹ペコです。と笑って話した。すると、部屋係の人は、少し早めに出来ますよ。と嬉しい配慮。

 まったく期待していなかった。何しろ、この宿は、三泊する中で最も安かった。このホテルが提供するコースの中でも、安い方をチョイスした。

 私にとっての観光ホテルは、そんな位置づけであった。

 なのに。

 うまい。おいしいのだ。食事場所には、カメラを持ってゆかない主義なので映像はないが、どれもこれも、美味しかったし、タイミングも優れた給仕だった。

 空腹こそが、最大の調味料と言ってしまえばそれまでだが、満足できる食事だった。

 値段設定からすると、ランクが高い宿とはいえない。だから、まったく期待していなかった。のが、誤算。嬉しい誤算となった。

 前日のとの違いが、どこから来るのかを考えずにはいられなかった。

 ただし、部屋が暖かいと寝苦しい。欲を言えば、それが難点だったが、それは、個人の問題だ。暖かい部屋の方が、大多数の人は快適だと思う。ちなみに、暖房はつけていない。

 来年また来てみよう。そう、思った。

 そして、いよいよ最終日。ここもまた、まったく違った趣であった。