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三十年ぶり

 月日の流れを十年単位で表現するようになった。人生のスパンが長くなったのだ。

 最後の宿は、三十年ぶりに訪れた老舗旅館である。その当時だって、相当クラッシックだと思ったが、ある程度の年月が経過すると、そこから先は緩やかに歳を重ねるのかも知れない。あの頃と変わらぬように感じた。

 文豪たちがここで執筆をしたらしいが、選んだ理由はそこではない。ここの風呂が印象に残っていたのだ。

 ここは、河津から山間に入った川沿いの小さな温泉地湯ヶ野。

 二十代前半にも関わらず、地味な温泉地を好んだ私は、伊豆半島ドライブ中にここを見つけた。石橋を渡った先に建つ宿の佇まいにぐっと来たのだ。躊躇している連れを無視して、私はさっさと玄関を開いた。予約なしでも泊まれると聞き、即決。値段の事など全く考えていなかった。べらぼうに高くはなかったが、稼ぎの少ないひよっこには、そこそこ痛い値段だった。一番安い部屋で狭かったが、黒光したギシギシなる廊下や窓から見える裏山、川の流れ、そして半地下にある榧の風呂が、心に残る情景となった。

 今回、ふと、もう一度行ってみようと思い立った。

 私は、ある時期から、過去の記憶を辿りはじめている。心に刻まれた思い出の検証を行なっているのだ。それは、遠い昔の思い残しを昇華させる作業でもある。

 と書くと、なんかカッコいいな。

 つまり、もう一度行ってみたかったのだ。

 宿は、あの頃と変わらず、黒光の廊下もギシギシ鳴った。川は、護岸整備されているが、流れは変わらず聞こえてくる。あえて現代風に修復はしないのだろう。木枠のガラス窓と障子戸や書院窓。隙間だらけだが、それがいい。そして、思い出の「榧の風呂」も健在。壁のタイルは、だいぶくすんでいたが、半地下の薄暗さ、こんこんと湧き出る湯。レトロを超えた郷愁のような安堵感。ただ、あの頃は、この半地下がちょっと薄気味悪いと思った。なのに、いや、だからこそ心に刻まれていたのか。

 私は、誰もいない湯船に浸かり、静けさの中ひとり時間を遡ってみた。

 三日間の宿で、ここが一番高額だった。とはいえ、大差はないし、金額だけで諸々を判定するのはナンセンスだ。三つとも、それぞれの良さがあり、また、別な面も存在する。そして、利用する側も、求めるものによって評価は変わってくる。需要と供給のマッチングなのだろう。インターネットの無かった時代は、旅行ガイドブックでしか情報を得られなかった。限られた文字数から全貌を見極めるのは、まず無理である。人伝の情報や観光案内所の存在は、大きかったと感じる。今の時代、おおかたの情報はネットで得られる。しかも詳細にだ。訪問者の一方的評価もよりどりみどり。どう捉えるかは、人それぞれと思いながらも、星の数に惑わされず選択する人は、どれほどいるだろうか。

 自分も含めて。

 時刻表をめくり、または、道路地図を辿り、これから向かう未知の場所へ想いを馳せるワクワク感は、置き去られてしまった。旅行は、ネットで見た映像を確認する行程に変化してしまった。それを否定するつもりはない。

 人それぞれ、楽しめればそれが何よりなのだ。

 箱根・伊豆旅で得た教訓。

 三日間も温泉をはしごすると、ズボンがキツくなるってことである。通常の二倍量を食べ続け、蓄えられた栄養は、いまだ私の腹部に居座り続けている。

 上げ膳据え膳は極楽だが、その弊害は、自分だけにのしかかる。

 

 これにて、誕生日の旅紀行を終了とする。