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休業202日目

岩手山

 岩手県花巻市に昭和レトロ感たっぷりの大食堂がある。

 その名は、マルカン大食堂である。以前は、マルカンデパート大食堂だったが、デパートが廃業した際、一旦大食堂も閉店したのだ。後に、有志が集まり食堂スタッフを再雇用して、大食堂だけ再開を果たした。その際デパートの文字が消えて、マルカン大食堂となった。

 地域だけでなく、多くのファンに愛されているマルカン大食堂は、今も、美味しい料理を提供している。以前よりメニューの数は減ったが、大人気のメニューは、変わらぬ味で迎えてくれる。

 ここに来る人の多くは、このナポリカツを注文する。もちろん私も注文する。口の周りがケチャップだらけになるナポリタンにとんかつがドーンとのり、ざく切り野菜のサラダが山盛りである。相当お腹を空かせていかないと、やっつけられないボリュームである。完食後は、満腹感との戦いになるが、それでもデザートは外せない。

 ミルク感たっぷりのソフトクリームである。

 これは大盛りではない。普通盛りである。ここの名物にもなっているこのソフトクリームは、誰もが礼儀正しく割り箸で食べるのだ。知らないと面食らうが、それがここの流儀である。もちろん、私もそのしきたりに則って、割り箸で摘んで食べる。切りながらと言った方が正しいかもしれない。

 明日の登山に向けて、エネルギー充填である。

 

 岩手山登山は二度目である。最初は、10年以上前になる。まだまだ初心者の頃で、ただがむしゃらに登ったのだった。八合目から先は強風で、這いつくばりながら頂上に立った。雲の中の山頂からは、何も見えなかった。いつかリベンジしたいと願っていた。

 岩手山は、太平洋と日本海の中間地点に位置するので、双方の風がぶつかり合う強風地点である。傘雲もかかりやすく、頂上が晴れ渡る時は多くはない。タイミングが悪いとずっと雲の中になる。

 今度こそは、晴天の頂上に立ちたいと願い天気予報と睨めっこ。ここぞとばかりに予定を組んだが、どうもスッキリとはいかない気配。

 翌日、前回とは違う登山口からアタック。やっぱり頂上は雲の中だ。

 それでもその上の空は真っ青だ。きっと雲が取れると信じて登り始めた。

 今回は、馬返しコース。宮沢賢治も何度もこの道を登ったと聞く。

 岩手山は、南部富士とも呼ばれる。盛岡側から見ると、確かに富士山のような形である。つまりは、黙々と登るしかない急登が続くのである。夏の飯豊山を考えると、それほど長丁場ではない。時折街を見下ろしながら、火山岩の岩場をザクザク登った。

 風が強く、予想以上に冷えた。持って来た服を全部着込み、非常用と思っていた毛糸の帽子をかぶって丁度いいくらいの気温。このまま風が吹き続ければ、頂上は氷点下だろう。

 やっとこさ八合目についた時は、雲の中だった。とりあえず山小屋に入り、早めのお昼ご飯にした。薪ストーブは焚いてあったが、火のそばに行くと密になってしまうので、少し離れて陣取った。小屋の中は、風はないが、火から離れてしまうと暖かいとは言い難く、ポットのお湯が沁み渡った。ここで撤退しようと判断した。強風の雲の中頂上へ行っても、危険なだけだと思ったのだ。ところが、小屋の外へ出たら、頂上が見えるではないですか。これならいけるか。と再びチャレンジを決行した。が、雲は、またすぐにやって来る。降りて来る人の頭に雪とも凍りともつかない白いものがへばり付いている。それでもともかく外輪山まで登り切った。頂上までは、あと20分くらいである。が、吹き飛ばされそうな強風である。

 次の瞬間、雲が吹き飛ばされくっきりと頂上が望めた。この時、さっき山小屋から見えたのは、頂上ではなく外輪山だったと知った。

 これ以上は無理だった。

 頂上が見えたから良しとしよう。

 それから、ゆっくりと下山を開始。樹林帯に入ると風もなくなり、無事駐車場へ戻ってきた。往復8時間半の山旅だった。

 後から冷静に考えると、頂上まで行ってたら、帰りが暗くなっていただろうと気がついた。

 風のせいで、コースタイムが狂ってしまい。思わぬロスがあったのだ。

 いつか、穏やかな岩手山に登りたいものだ。

 もちろん、その時も、マルカン大食堂のナポリカツは、絶対外せない。

 外輪山から、盛岡の街を望む。