· 

再訪

 断崖絶壁と滝と洞窟が好きである。

 自然が創り出した造形の凄まじさに触れると、自分なんてちっぽけだと思えるからかもしれない。そして、底知れぬ神秘を感じるのだと思う。

 切り立った崖から望む海とか、とめどもなく流れ落ちる瀑布、暗闇の中に潜む空間に、ハラハラしながら、ワクワクが止まらないのだ。

 岩手県岩泉にある「龍泉洞」は、その奥底に地底湖が眠っている。

 ドラゴンブルーと称される水深98mの深さの湖は、その底まで青く澄んでいる。

 凡そ、20年ほど前に一度訪ねている。

 行った記憶は確かにある。洞窟の奥底の地底湖に感動したのも覚えている。だが、その記憶は、イマイチ曖昧であった。

 なので、もう一度行ってみたいと思っていたが、何しろ、盛岡から車で2時間ほどかかるので、なかなかキッカケを作れないでいた。

 いや、行きたいなら、行くしかない。

 行くぞぉ。

 先ずは、岩手に行ったら絶対に寄る場所へ。

 花巻にある「マルカン大食堂」である。

 ここの名物は、箸で食べるソフトクリームとナポリタン。他にもあるが、この二つが鉄板なのである。ナポリタンは、ケチャップソースたっぷりの昭和の味で、もれなく口の周りは赤く染まる。これに、トンカツとサラダがついたナポリカツの方がお得だが、何せ量が尋常じゃないので、それを頼んでしまうとソフトクリームまでたどり着けない。

 昭和レトロな店内は、昔ながらの百貨店の大食堂。

 通りを歩く人がまばらな花巻でも、ここだけは、いつも熱気にあふれている。

 震災後に一度閉店したのだが、愛好家の熱烈な支持を得て、一年足らずでよみがえり、今でも、多くの人に愛されている。

 この雰囲気を保っている大食堂は、貴重だと思う。

 名物のソフトクリームと箸立てのストラップも売っている。(もちろんもってる)

 旅での食事は、その時間と量を見誤ると、後で悔やむことになる。

 宿での夕食を最大限に楽しむためには、昼ごはんで腹具合を調節しておかないと、せっかくのご馳走が台無しになってしまうからだ。

 たいして運動もしない冬場は、特に注意が必要である。

 この日は、花巻の奥座敷「鉛温泉」に宿をとってある。

 宮沢賢治の「なめとこ山の熊」にも「鉛の湯」と出てくるし、賢治の教師時代に、生徒を連れて温泉梯子でも訪れている。

 ここの「白猿の湯」が大好きで、何度も泊まっている宿である。

 近年、経営者の世代交代があり、新しい風も入ってきているが、「白猿の湯」だけは、ずっと変わらずに湯をこんこんと湧かせている。

 背丈ほどの深さがある楕円形の浴槽に浸かると、時代を遡るような不思議な感覚になる。

 ちゃぷんと揺れる湯の音が、過ぎ去った時間を繋いでいる。気がするのだ。

 

 翌日、花巻から岩泉にある「龍泉洞」へ向かった。

 途中、本州一の最低気温を叩き出す「岩洞湖」を経て、山道をずんずんドライブだ。

 信号もない、民家もほとんどない道を走る。

 旅行支援の期間中ではあるが、天気予報が雪の岩手を旅する人は少ない。

 到着した「龍泉洞」の駐車場も数台の車だけだった。

 だが、駐車場についても、私の記憶は呼び覚まされない。

 入り口に立っても、初めてきた場所のようだった。

 施設が整備されたのかも知れないが、20年前の記憶が蘇ることはなかった。

 電球は、水の中で照らされている。

 水面が細かく揺れるので、少しピントが甘くなる。

 水底まで青く澄んでいるのを捉えられないのがもどかしい。

 ほんとうに美しいのだよ。

 三春から花巻まで3時間半、花巻から龍泉洞まで3時間。

 それだけの時間を要して訪れる価値のある場所である。

 2度目なのに、前回の記憶は綺麗さっぱり消え去って、ほぼ初めての新鮮な体験だった。

 また来よう。

 自分土産のサイダー。

 お正月に飲もうかな。

 この後は、三陸に出て大船渡に一泊。

 全く期待していなかった宿だったのに。

 海を望む部屋と温泉、そして三陸の海の幸に大満足。

 ここも、また来よう。

 朝日は、雲が多かったがそれは、それで美しく。

 朝風呂や朝食も、申し分なく。

 この後天気が悪化したので、大船渡の観光はできなかったが、だからこそ、また行こうと思わせてくれた。

 帰りは、一関に用事があったので、再び内陸に入った。

 峠で雪に降られたが、思ったほどではなく、無事三春に戻ってきましたとさ。

 

 移動距離が長くて、それぞれを堪能できなかったが、登山で行く旅とは違った目線で楽しめた。

 何度も訪ねている岩手だが、何度行っても、何度も行きたい場所である。

 次は、三陸を北上するってのもいいかもね。