· 

花を求めて

 北の遅い春は、雪解けと共に夏も連れてくる。

 初めてこの山に登った時、雪渓が溶けた場所から、咲き出す花の美しさに見惚れた。

 この花を見るためだけに、この山へ登りたいと思うほどだ。

 

 秋田駒ケ岳 

 それほど高い標高ではないが、強風が吹き荒れる地形により、数々の高山植物が自生している。

 取り立てて花が好きなわけではないが、初めてみた時の感動を何度も味わいたくて、この山へ来るのだ。とはいえ、遠い。日帰りなど到底無理だし、ガンガン登るほどのエネルギーは、すでにない。余裕を持って、楽しみながら。何なら、可能な限り楽して登りたいのだ。

 秋田駒へは、通常東北自動車道を北上して、盛岡から、国道46合線を田沢湖方面へ走る。三春からは、4時間半のドライブになる。メジャーな登山口は、8合目まで入れるが、このシーズンは車両規制があるので、麓からバスになる。その代わり、小一時間で頂上近くへ行けるのだ。初心者でも登れる山である。

 これまでは、岩手側の国見温泉からのルートで登っていたのだが、今回は、楽をして8合目コースを選んだ。だが、少しだけ遠回りしてみることにした。

 そもそも、頂上へ行くつもりはない。

 目的は、チングルマを見るために、通称ムーミン谷と呼ばれる場所へ行くのだ。

 8合までのバスは、満員だった。

 平日でも、こんなに混んでるのか。

 バスを降りると、風が強い。頂上は、雲の中。

 目標はそこじゃないから、いいけどね〜

 数人を抜かしながら、まずは横岳を目指す。そこから、大焼砂を下り、馬場の小路通称ムーミン谷へ向かった。それにしても、ものすごい風だ。もう一枚上着を着たいが、うかうかしていたら飛ばされてしまう。

 谷間に入った途端。ぴたりと風が止んだ。いや、上空を吹き抜けて行く。

 しかし、途中から気が付いていたが、恐ろしく人が多い。

 あれれ。

 以前は、ほとんど人がいなくて、花畑貸切だったのになぁ。

 なんか、一気にテンションが下がってしまった。

 とはいえ。

 チングルマは、満開。いや、ちょっと終わりかけのもある。

 う〜ん。やっぱり、温暖化なのね。

 写真を撮る気にもならず、とりあえず先に進むのだが、木道もすんなり進めないほどだ。

 雪渓も殆ど溶けていた。

 それでも谷を半分ほど進むと、人が少なくなり、咲き始めたばかりの場所もあった。

 そう、これこれ。

 さっきの人の群れは、なんだったの!?

 ってほど、急に静か。

 やっと、谷を満喫できた。

 ムーミン谷の由来は、ムーミンが住んでいそうな谷だから?らしい。

 谷を抜けて、本日の一番キツい登り。

 時折、谷を振り返りながら、秋にも来てみようかと。ふと思った。

 急登を超えると、阿弥陀池に出る。そこでお昼。と思ったが。

 強風と人の多さに、またまた辟易。

 さてどうしたものか〜

 んん?

 阿弥陀池から8合目へ下る旧道は、まだ雪渓が残っており、降りてゆく人はいない。

 しかし、その雪渓の先に、お花畑が広がっているではあ〜りませんか。

 しかも、誰もいない。

 ふふふ。

 そりゃ、行くでしょ。

 はい、行きますとも。

 しっかりと雪を踏みしめながら、斜面をゆっくりおりましたよ。

 誰も来ない木道に、どっかり座って、目の前の花を独占。

 そこで食べたおにぎりの美味かったこと、美味かったこと。

 あ〜、来てよかった。

 雪渓の向こう側では、降りられない人たちが、羨ましそうに、こっちを見ていましたとさ。