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否定と肯定

 認知症の介護における秘訣は、うやむやに尽きる。

 正直に真正面から付き合ってしまうと、次第に、心が疲れてしまう。

 丁寧に話せば分かるはず。

 これは、絶対にない。

 思考回路がイカれてるから認知症なわけで。

 真っ当な意見が通じたら、ボケとは無縁になる。

 そりゃさ、分かってるよ。そんな事。

 分かってるけど、認めたくないって言うか。

 わざとやってるんじゃないかと。

 思ったりね。

 しかし、待てよ。

 私が認めたくないのと同じように。

 母の妄想もまた、妄想と認めたくないのだろうな。

 こりゃ、交わらないわ。

 

 前回、母を病院へ連れて行った帰り、少しキツく叱ってしまった。

 記憶が曖昧になることで、物を無くしてしまう事は仕方がないと思っている。

 失くしちゃった。とか、どこにしまったか分からない。

 そう言ってくれれば、探せば良いだけだ。

 だが、我が母は、自分の不注意で無くしたとは絶対に言わない。

 誰かに入られて、部屋中いじられた。

 そう訴えてくる。

 部屋には、見守りビデオが設置してあるので、それを見返せば、誰も入っていないのは明確である。

 しかし、それを何度説明しても、そんなはずは無い。

 絶対誰かが入っている。

 主張を曲げない。

 無くした物のほとんどは、部屋から出てくる。

 それこそ、ビデオを8倍速で再生して、そのありかを突き止めるのだ。

 まるで、警察の捜査みたいな地道な作業である。

 そうやって見つかっても、自分が失くしたとは認めない。

 泥棒が返してくれた。と言うのである。

 ものすごく都合のいい理論である。

 それに、嫌気がさしていた。

 わざとじゃ無いのは分かっている。

 いや、むしろわざとだったら、拍手する。

 まぁ。

 そのやり取りに、ほとほと嫌気がさしていた。

 で、つい。

 人のせいにするな!!と声を荒げてしまった。

 そのまま、踵をかえしエレベーターホールへ向かった。

 すると、私の姿が見えなくなった途端。

 何言われてんだかわからないわ。

 と、大きな独り言が聞こえた。

 え?

 そんな大きい声出るの?

 分からないって、分かってんの?

 怒りを通り越した私は、ププっと吹き出してしまった。

 何だか、それで吹っ切れた気がした。

 

 否定も肯定もしない。

 あ、そう〜

 あら、大変だ〜

 失くしたことは事実だが、泥棒は妄想。

 どちらもゆる〜く、ふ〜ん、そうなの〜

 適当に聞き流す。

 それだけで、当人は、自分の主張が認められたと思うらしい。

 物が見つかったら、よかったねぇ〜とだけ言う。

 そしたらまぁ。

 何だか、落ち着いてきたんですわ。

 小さくなってゆく自分の脳と戦っているんだろうなぁ。

 そう思ったら、ほんの少しだけ、優しくなれる気がする。

 それを、諦めとも言う。

 戦わずして、うやむやにして行こう。

 ナガイキトツキアウノハ、ホネガオレルゾ