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初めての

 朝、雨音が響いていた。

 予想通りの下り坂天気だが、もう、帰るだけなので気にしない。

 ふとスマホのメールをチェックすると。

 えええええええ。

 飛行機遅延!!!!

 昨夜のうちに届いていたメールだが、夜間はスマホを見ないので気付かなかった。

 何と、4時間の遅延である。

 慌てて、別の便に振り替えようとしたが、時すでに遅し。

 そりゃそうだ、昨夜の案内に今朝気づいても、空席が残っているわけもない。

 4時間得したと思えばいいや。

 そうそう、レンタカーの延長できるか聞いてみないと。

 あ、成田空港の駐車場も連絡しなきゃ。

 と、にわかにバタバタ。

 だが、どこも営業時間には早すぎる。

 とにかく、ゆっくり朝ごはんを食べよう。

 最後の朝食を堪能して、レンタカーの無料延長もできて。

 駐車場も連絡して。

 ま、のんびり下道をドライブしよう。

 にしても、すごい雨。

 それでも、南下するうちに雨足は弱くなって来た。

 沖縄には、何度も来ているが、ベタな観光施設へはあまり行かない。

 本部には、美ら海水族館やジャングリアがあるのに、興味がない。

 高い入場料払って、混雑しているところへ行くのが嫌なのだ。

 う〜ん、雨でも遊べるところか。

 恩納村に「琉球村」という古民家を移築した施設があった。

 雨も小降りになったし、そこへ寄る事にした。

 Google先生のいう通りに車を走らせると、大きな看板もなく、車通りも少ない道へ誘導された。

 こんな所にあるんかい!?

 ちゃんとありました。

 ところが何と、入場料が¥2000もする。

 古民家見るだけでは、高すぎる。

 でも、スルーするのも何だし。

 ま、初めての経験として、入ってみよう。

 傘をさすほどの雨でないのが、救いだ。

 一通り見て回ると、予想以上の残念さが、ぐあんと込み上げてくる。

 だから、観光施設は油断ならんのよ。

 下調べもしないできた私も、悪いんだけどさ。

 と、思っていたら。

 館内アナウンスでエイサーのショーが始まると流れた。

 あぁ、そういう事なのね。

 ま、折角だし、時間もあるから、見てみるか。

 しかし、パンフレットさえもらい忘れて、エイサーの会場が何処なのかキョロキョロ。

 誘導していた、おねーさんに案内されて、無事入場できた。

 そしたら、まぁ。

 何処にこんな人がいたんですか?ってくらい満席。

 もしかしたら、これがここのメインイベントなの?

 と、思う間も無く、ショーが始まった。

 最初に島唄のおじさんが笑いを取りつつ、参加型を強要する。

 慣れたものである。

 次に、民族衣装で伝統舞踊が披露され。

 はいはい、こういう感じね。

 ざ、観光ショーだわ。

 で、いよいよエイサーが始まる。

 と、高らかな掛け声と太鼓の音が鳴り響いた。 

 え!?

 その一声で、会場の空気が一瞬で変わったのだ。

 沖縄独特の指笛が響き渡る。

 マイク、付けてないよね。

 いや、そういう問題じゃない。

 と、少し混乱。

 さっき、会場前で誘導してくれたおねーさんが、エイサーの踊り手で、指笛の主だった。

 その姿は、勇ましく、一切の妥協がない。

 感動した。

 初めての経験である。

 誰かの舞台を見て感動するなど、今までなかった。

 わずか5分程度のエイサーショーだったが、一瞬も目を離せなかった。

 エイサーショーは、一日4回行われていた。

 時間は短い。

 だが、おそらく毎回、この人は同じように踊るのだろうな。

 すごい。

 ちなみに、この回の踊り手は3人だったが、他のふたりは、私の目には留まらなかった。

 いや〜。エイサーショー見て良かったぁ。

 あのまま帰ってたら、ずっと¥2000を後悔したわ。

 もう、それ以上の充実感でございます。

 そんなこんなで、無事に4時間を使い果たし、帰りの飛行機に乗り込んだ。

 雲の上は、夕陽だった。

 こうして、3泊4日の沖縄の旅は終わろうとしている。

 今回の目的は、今帰仁城跡だけだったが、伊江島へも行けたし、エイサーショーも見られた。

 美味しいものも盛り沢山だったし、ハプニングも楽しめた。

 行く前は、おばば様の事が気がかりだったが、ちゃんといい子にしてたっぽい。

 いつもの日常が始まるのだ。

 

 ふと、伊江島の空港を思い出し調べてみた。

 立入禁止区域があったので、米軍の関連施設だろうとは思っていた。

 それにしても、あんな小さな島に。

 なぜ。

 その疑問の答えは、太平洋戦争末期に遡っていた。

 伊江島は、城山以外は、平坦な地形である。

 その立地を生かし、東洋一の空港を設立する事になった。

 しかし、着工から二年経っても完成に至らず、戦況は悪化して、国は破壊命令を下した。

 その直後にアメリカ軍が上陸し、その日のうちに飛行場が占拠されてしまう。

 そして、たった6日間で日本軍は壊滅。

 島民の半数以上も亡くなり、島はアメリカの手に渡った。

 破壊された空港は、2日間でアメリカ軍が復旧させ、アメリカの基地となった。

 そうである。

 日本軍の本営は、城山。そう、タッチューだった。

 あそこで、多くの人が命を落とした事になる。

 浮かれて城山に登ったけど、そういえば、登り口の拝所を丁寧に掃除してた人がいた。

 それは、常日頃行われているのだと思えた。

 沖縄には、至る所に祈りの場所がある。

 神社でもない、お墓でもない。

 不思議な空間であるが、祖先を敬う気持ちがより強いのだと思っていた。

 そこには、歴史がある。

 改めて、思い知った。

 沖縄でなくとも、戦いの犠牲になった人たちは大勢いる。

 ひとつずつ拾い上げていたら、キリがない。

 だが。

 南国のゆるい空気に飲み込まれて、浮かれてばかりでは、申し訳ない気がする。

 島の1/3を占有されたままの伊江島を知っていたら。

 また違った訪問になった気がした。

 城山の土産店で買ったピーナッツ菓子を頬張りながら、しみじみと思った。

 これがめちゃ美味い。

 さて、これで2026年沖縄の旅行記は終了となる。

 

 いつの間にやら、三春の滝桜は、満開を超えた。